トワイライト裏業務日誌 2006年7月・8月
7月3日
 今週は、通常の週と違って、講義に登板するタイミングが変則日程のため、今日の午後に3時間、そして3時間ほど時間が空いた後で、写真教室で2時間しゃべる日でした。
 さらに、その空白の3時間の間に、今年の春に専門学校を卒業したKちゃんに仕事の相談を受けていたので、本来無口(爆)なオレは、ほぼ「しゃべり倒し」でした。
 このKちゃん、学生時代から色々な相談を聞いていたし、卒業時に寄せ書きで、「先生のあの色々な話を聞けなくなるなんて、寂しすぎるよ〜。これからもメールも電話もするので、よろしくね」と嬉しいことを書いてくれていたし、オレも卒業生それぞれに宛てた手紙で、「今まで、ホントにKちゃんとは深い話もいっぱいしたけど、これからも辛いことがあれば、遠慮しなくていいから」と書いていたのです。
 そして、時々電話もかかり、メールも届いていたけど、今回は、入社3ヶ月にも関わらず、大変なプランを立案する事を会社に求められ、昨日も休みなのに企画会議に参加して、それまで検討したプランにNGを出されたので、昨夜電話してきて、「じゃ、明日の夕方に市内で時間が空くから、その時に話する?」というと、「え〜。ホントに会って時間をとってもらってもいいの?久しぶりにちゃんと話を聞いてもらいたいよ〜」というので、空白の3時間に、プランの練り直し会議を開くことになったのです。
 オレが、普段から、良くも悪くも、心にも無い社交辞令を言うつもりがないので、オレが言ったことは真に受けていいと学生時代から伝えていたし、それを比較的理解しているはずのKちゃんでも、ホントは、会って色々話を聞いてもらいたかったけど、迷惑だったら悪いと思っていたらしいのです。(オレは、万一そう思っていたら、そんな事言いません)
 考えてみれば、卒業式&謝恩会の後で、一緒に飲んで以来なので、3ヵ月半ぶりだったけど、一瞬でその頃の雰囲気に戻れて、そのプランの話だけでなく、お互いのその後の話にも花を咲かせ、「プランを構築するために、頻繁に休みに仕事までしているなんてビックリした」というと、「ホントに私も新人なのにビックリだし、もう大変!」なんだそうです。
 そこで、その時点でアドバイスできる内容は伝えて、ちょっと宿題にしたい部分は、また調べたり、考えてみて連絡すると言った後で、雑談しながら写真教室用の写真を、Kちゃんがパラパラめくって一言。「わぁ〜。すごいすごい!先生すごいじゃない。」と、普段は褒め殺しが効かないはずのオレでも嬉しくなるようなリアクションを連発した後に、さらに一言、「私も撮ってもらいたくなった♪」んだそうです。
 「でも、うまく笑顔になれるかな?」なんて言ってたけど、もちろんKちゃんの笑顔の良さも知っているオレとすれば、少なくともどの瞬間を切り取るのが良いかだけは解っているので、もし撮影する事になったら、それをうまく表現できるように最大限の努力をするのは間違いない事です。
 ちなみに、4月にメールで「写真教室をする事になったので、モデル希望者がいたら教えて」とメールしていた時には、そういう出来栄えを想像していなかったらしいどころか、オレが生徒で教室に通うんだと思っていたので、撮ってもらおうなんて露ほども考えなかったそうです(爆)
 まさに「百聞は一見にしかず?」

{その後}
 先週のサプライズ撮影の対象者であったCちゃんに撮影した約150カット分の画像の入っているCD-ROMと、ピックアップした30枚程度の写真を渡しました。
 特にオススメだったのが、ツーショット写真の必殺の1枚で、2人が5年間重ねてきた時間と愛情の確かさが醸し出す雰囲気満点の写真で、あえて写真館を避けて、オレに依頼されたんだから、こういうカットを何とか撮影しなければと思って、幸いな事に撮影できた写真を、同じように喜んでくれました。
 また、Cちゃんだけでなく、Cちゃんの周りで見ていた仲間にも、そのカットは好評だったので、本当に万々歳なサプライズ撮影として幕を閉じる事ができました。
 ちなみに、さっきのKちゃんのプランに必要な情報の1つをCちゃんが知っている可能性があったので、Kちゃんを同伴してCちゃんの居る所に行ったんだけど、Kちゃんが帰った後で、「あのコも撮ってもらいたいらしい」というと、「当たり前だと思うよ、私だってもう1回撮ってもらいたいもん」というCちゃんのコメントだけでなく、その隣にいたコも「私だって早く撮って欲しいって言ってるじゃん。Cは1回撮ってもらったんだから、私が先よ」と、モデル順番争奪戦が繰り広げられてしまいました。
 ま、写真教室として、一応、仕事をさせてもらっている(とてもプロとは自称できませんが)立場としては、ありがたい悲鳴ではあります。

{今日のスペシャルサンクス}
 Cちゃんに今日写真を渡すというのは、もちろん決まっているスケジュールだったんだけど、Cちゃんが「私にできるせめてもの感謝の気持ち」という事で、手作りのパンを焼いてきてくれてました。
 そういえば、日誌では書いていなかったけど、撮影当日の夜にCちゃんからメールが届いて、「今まで生きてきて1番嬉しかった日です。ホントに言葉じゃ言い表せないくらいみんなの愛を感じ、私は幸せだと思った」んだそうです。(ホントに良かった!)
 明日の朝は、Cちゃんのパンから1日が始まります。
7月10日
 何やかんやで前回の日誌から、1週間も過ぎていました。m(_ _)m
 別にミサイル対策本部に詰めていたわけではないんだけど、仕事以外に時間を費やすことが多く、あっという間の1週間という雰囲気でした。

 まず、この1週間の個人的トピックは、日本最速の法律家であるブースカさんが、恒例の勉強会のために、また広島に来てもらったことです。
 ブースカさんとの付き合いは、98年から始まって、茨城と広島という途方も無い距離があっても、交流が途切れることが無いとてもかけがえの無い存在です。
 勉強と言っても、別に資格試験のための勉強をしに来るというような、目の前のメリットのために時間と費用をかけるというわけでなく、もっと根底にある仕事への考え方、人生論などなど(去年は、”半年早い事故調査委員会の答申”まで私的にまとめましたが、きっとその答申は、今後予定されている事故調査委員会が最終報告でも盛り込んでいないと思う内容まで含まれているはずです)で、2人とも、そういう話になると、ただでさえ話が尽きる事が無いのに、酒まで入るものだから、そりゃもう店が閉店時刻にならない限りは、エンドレスになりかねない体力勝負の勉強会です。(ちなみに、どちらかが酔いつぶれてジ・エンドという事にもなれません…お互い強いねぇ…笑)
 
 今回は、恒例の勉強会だけにとどまらず、裁判の傍聴と、珍しく観光を含めた作戦にしていて、裁判の傍聴での印象は、「あの被告の態度じゃ、新枝さんも毎回毎回辛い思いをするだろうなぁ」とオレが感じているのと同じ印象を持ってもらい、オレが単に主観的な考えでそういう気持ちを持っていないというのが解り、少しホッとしました。
 その前後で観光と称して、錦帯橋+(こってりラーメン)、そして大和ミュージアムを案内したのです。
 岩国の錦帯橋は、特異な形をしている木造の橋だというのは皆さんも比較的ご存知だと思うし、数年前に架け替えられ、去年不幸にして豪雨の際に、木製橋脚が流れてしまい、修復されていたんだけど、その修復時の様子を詳しくは知らなかったものの、どうもそのまま昔ながらの工法で復旧させてはいないようなのです。
 というのも、橋の下で構造を眺めていると、どうも後から手を加えたと思われる部分がいくつかあり、その理由と、問題点を指摘したら、ブースカさん曰く「他の人と観光に来ていたら、単に珍しい橋の見物に終わっていたのに、これほど面白い見物になるとは…」だったんだそうです(汗)
 しかし、1日目の夜に飲みながら冷静に考えれば、実は過去さかのぼって数えてみると、ブースカさんとは、オレが会社退職後、ちょっと勉強している期間が終了し、東京にそれまでの仕事関係者にお礼の挨拶をかねて上京した時に、短時間会って(と言っても酒もありましたが)から、なんと今回がたったの7回目で、オレが東京に行ったのが2回、ブースカさんが広島に来られたのが5回で、オレの2回とブースカさんの1回は短時間だったのです。
 それ以外は、泊りがけなので、2日連続の徹底討論(ただし、夜はごっつ〜酒あり)になっているものの、日数を計算すると、たった11日に過ぎないのです。
 でも、とてもそんな日数しか関わっていない相手とは、お互い考えておらず、「はっきり言って20年来の親友だって、こうはいかない」というほど、気心も知れ、また討論だってタブーが無いのです。(具体的な内容は挙げませんが、いかに20年来の親友であっても、ネタにできないテーマもちゃんと議論しているのです)
 確かに、メールもしているし、たまには深夜の電話勉強会と称して、夜12時ごろから3時間も色々話し合うことも稀にあるけど、人間って11日間で、ここまで認め合えるんだというのは、良くも悪くも常識にとらわれていないオレでも、驚きの存在なのです。(冗談で、ブースカさんに「11日でここまで分かり合えるのが、オレじゃなくて女性のほうが良かったでしょ?」と言うと、笑いながら否定はされませんでした…笑)
 特に、オレが本気モードで討論すると、あまりにも重いストレートボールを全力投球するのに、それをしっかりと受け止めるブースカさんは、20世紀の逸材だと言っても過言ではないと思っています。

{錨の誤解}
 大和ミュージアムでブースカさんの素朴な疑問に錨があったのです。
 1/10サイズの大和の模型を見て、大きいと感じる人も、小さいと感じる人もいると思います。
 ブースカさんは意外と小さい(もちろん原寸大を想像して)と感じたらしいので、「大和は大きいことばかり、やたらと伝えられているけど、あれだけ大きな主砲を搭載して、ここまで小さく作れた事に意義がある」と、本当の造船技術を知っている方ならわかる評価を伝えたのです。
 だって、砲撃しあって戦う船なんだから、ガタイが大きいというのは、相手の砲弾が命中しやすくなるのでデメリットなんです。
 それを、それまでの戦艦よりも必要最小限大きかったというだけなのに、巨大さが偉大のような言い伝えられているのは、まったく技術と思想の素晴らしさを理解していない話なのです。

 もう1つ、ブースカさんの疑問は、「これほどの船を止めるには、錨はどんな〜」という疑問をお持ちだったので、きっと多くの方と同じように錨という部品の機能に誤解があるんではないかと考え、「錨って、あの錨自体が海の底に突き刺さって船を止めるというような誤解されているけど、それは違うんです。 錨の後ろにつながっている鎖をたくさん繰り出すことで、海底に鎖が着底し、そのかなりの長さの鎖全体の重量と、海底に面接触している摩擦力で船を動かないようにしているので、海底までの水深に加えて、かなりの長さの鎖を繰り出しているんです。 その繰り出しは、当然停止して何百メートル繰り出したからと言って、海のそこで鎖のウンコ(漫画の形を想像してください)ができて、何の意味も無いどころか、引き上げるときに大変な事になるので、停泊地点よりかなり手前から、前進もしくは後進させながら繰り出して停泊するんです。 沖合いでないと、投錨できない理由の主なものは、これなんです」と説明したら、やはりビックリされてました。
 もちろん他にも理由はあるけど、それはまた次の機会に!
7月11日
 昼はもちろんメール対応を基本に、地道に仕事をつつがなく行ったけど、それとは別で夜の話です。

 振り返ってみれば早や2ヶ月前に、買い置きしていた靴下を、今日ようやく袋から取り出したら、靴下のほかに、期間限定販促チラシが入っていたのです。
 期間はもちろん、日誌読者常連の皆さんの想像どおり、サクッと過ぎている「5月6日〜14日」なんだけど、いわゆる手作りでアニメ調のイラストというか、ワクが無いので4コマ漫画とは言えないけど、4コマ漫画調のカラーチラシなのです。
 それを見て、思わず「おぉ!」と思ったのは、きっと数多くのチラシを受け取った人の中で、オレ1人のはずなのです。

 というのも、オレは当日卒業生のHちゃんの勤務する店に突撃取材を敢行したのです。
 その時に、九州弁の大家でありHちゃんの同級生のSちゃんも一緒に連れて行って、勤務中のHちゃんの傍で大人しくしていて、いつ気付くか?という微妙なサプライズを敢行したというわけなのです。
 店に到着すると、Hちゃんは接客中だったので、当然仕事の邪魔はしない主義(どんな主義や!?)のオレ達は、どんなトークでお客さんを丸め込んでいるか(冗談です!ちゃんとした接客です)、しばらくニヤニヤしながら観察したんだけど、オレ達に気付いたHちゃんは、相当ビックリしたらしく、接客中にも関わらず、「わぁ!」という声をあげて、オレ達(+もしかしてお客さんも?)のほうがビックリしたくらいだったのです。
 その後、接客が終わってから、オレ達の傍にやってきたHちゃん曰く「ホントにビックリしたぁ〜。何も聞いてなかったんだもん」とニコニコしながらも、ちょっと声を上ずらせて久々の再会を喜んだのです。
 日曜だったので、あまり邪魔しちゃ迷惑かけると思いながらも、少し話が弾むのは押さえようも無く、小心者(爆)のオレは、せめてちょっとでも何か買って、Hちゃんに店から冷たい視線が行かないようにという事で、靴下を買わせてもらったのです。
 その靴下を、お店の袋に入ったまま2ヶ月置いていて、今日チラシが日の目を見たというワケなんだけど、その手作りのチラシをよ〜く見ると、そのHちゃんの書く絵そのものの漫画と、いかにも書きそうなタッチのシナリオなのです。
 Hちゃんを担当していた2年間に、Hちゃんの絵は何度となく見たし、4コマ漫画タッチのストーリーはいくつも見ていたので、その頃を思い出しながら、しげしげと眺めていたんだけど、この1枚の手作りのチラシに、ここまで感情移入した人間なんて絶対にいるワケないのです。

 Hちゃんは在学時代にコースの仲間とともに、「バーチャル家族」を構成していて、Hちゃんは、その温厚な性格や細やかな心遣いなどから「長女」になっていて、お店訪問に同行した九州弁の大家Sちゃんは次女、そしてユーロレンズのMちゃんが三女だったのです。
 もう1人、なぜか同い年なのに「母さん」役のSちゃんがいて、オレもよく「オマエらは妄想一家か!…笑」みたいな突っ込みを繰り広げていたのです。
 オレは、このコ達のコース設立がきっかけになって講師という仕事に手を染める事になり、1期生のほとんどは今も付き合いがあるし、この妄想一家(訂正!バーチャル家族)は、コースが終わる最後の学生だけど、いつもオレやこのコ達は一緒に色々な事をしていたし、「一緒に卒業じゃね!」と言って、一緒に卒業したのです。
 その最後を飾る学生達が、このコ達でホントに良かったと、当時も今も思っているし、このバーチャル家族のメンバーのためには、オレはどんな苦労をしても守ってやりたいと今も心から思っている素晴らしき仲間なのです。
 そういう思い出が詰まっているHちゃんのチラシは、捨てることなく、このメンバーが来た時は、見せてやろうと思った今日のショートストーリーでした。

{何でやねん!?}
 という心温まる話を書いたけど、その突撃取材の日、その店の某店長は、Hちゃんと2人連れを最初に見て、「単なる接客」だと思ったそうです。
 そのうちHちゃんが笑いながら、その2人のお客さんに体当たりを繰り返している光景を目撃した時相当ビックリしたそうなのです。
 「あぁ、きっと知り合いなんだ」と、Hちゃんの一見客への体当たり接客で無い事を祈りつつも、納得するためにも、オレ達が引き上げた後でHちゃんに「あの2人って知り合い?」と尋問したそうなのです。
 するとHちゃんは、(きっと)いつもの人なつっこい顔で「女のコは専門学校の時の同級生」と言ったらしいのです。
 それを聞くと、当然店長は次の事を聞きたくなったらしく、「もう1人は?」という質問になったそうです。
 Hちゃんは、平然として「先生!」と言ったら、ビックリしたのは店長だったらしく、店長はすかさず「え!先生なん?もしかしてあのコと先生は付き合ってるん?」と、まさにワイドショーのリポーターのような勢いで聞いてきたそうです。
 もちろんそんなワケは無いんだけど、後でHちゃんからメールが来た内容を見ると、店長はその日、何回も同じ質問をしてたそうです。

 オレ達にとって、卒業後も一緒に行動するのは、至極当然な事なんだけど、確かに世間の常識で言えば、そういう状況で無い限りはあまり考えられないかも知れないから、店長の仕事より目を輝かせたその興味津々状態はわからないワケではないものの、Hちゃんへのメールの返信に「んじゃ、店長辞めて専門学校の講師になれって薦めといて。そうしたらいくらでも学生達とデートできるからってね」と書いておいたんだけど、実際はそんなワケありません(笑)
 そんな事に血道を挙げたら、あっという間に問題講師になってクビ間違いなしです(笑)
 皆さんも誤解しているかも知れないので、ここで弁解も含めてオレのポリシーをはっきり書いておこうと思うけど、在学中は、セクハラだけでなくパワハラ防止の観点からも、決してオレのほうから何かに誘ったり、もちかけるような事は厳に戒めているのです。(でも、このバーチャル一家とは、みんなから声かけられて、とてもたくさんの時間を過ごしたのも事実です)
7月16日
 今日は、HPの最も控えめなコーナーである「今後の撮影計画」の予定どおり、航空自衛隊防府北基地に出かけてきました。
 先週の日曜から天候チェックを続けており、当初雨の予想が続いたので、「こりゃ基地祭はあっても、展示飛行は中止かな?」と思っていたら、昨日時点の予想では急に曇りに変わってきたのです。
 これこそ天の恵み?と思いたいものの、5月の日誌で触れたように、白一色のスモークなので、雲が多いとスモークは冴えない状態になるため、最終的に「ダメ元で行こう」と決断したのは、昨日の午後になってからだったのです。
 そして、その時点で今日時間の余裕を持っている人(ヒマ人とも言いますが…)を探していると、さすがに夏休み直前の3連休、なかなかそんな人材が見つからなかったんだけど、日誌に久々登場の平成お気楽社員(最近役職付き)のTさんをゲットして、防府に向かったのです。
 久々に日誌登場のTさんなので、最近になって読み始めてもらった方々に、ちょっと紹介すると、オレが自動車業界を足を洗うつもりで退職した後、少しの間、勉強に行っていた際の「ご学友(笑)」であり、その頃の昼休みに、もう1人のTさん(別人)と3人でメシ食う時に、ダブルTさんは、オレのライスに二人のライスの1/3くらいを乗せて、勝手にオレの定食を大盛り仕様にしていた事や、Tさんにとって初めての子供が生まれた日に、なんと「オレ達との飲みの約束を事前にしていたから」というだけの理由で飲みを予定どおり決行するという、今時の普通の妻であれば、その場で三行半を叩きつけても文句は言えないような行動を平然としていた事、その時の弁解で「だって、まさか今日生まれるとは思わなかった」というのは爆笑です。
 当然、飲みの中止を進言したんだけど、「いやいや、僕が居ても、何もできるわけじゃないから」と、予定どおり飲みの決行を宣言するので、「なら子供は、まさか今日生まれるとは思わなかったという由来で”真沙香”」と名づけようとオレは名付け親を申し出たけど、将来子供に命名の由来を説明できない事と、生まれたのは男だから、その名前は使えないと却下した等など、数々の武勇伝を持っているTさんです。

 その道中も、山沿いの道に差し掛かるとパラパラと雨が落ちてきたりして、「もしかすると、天候が実施基準のミニマムを割って、ブルーインパルスの展示飛行はキャンセルになるかもよ」とTさんにも伝えながら運転したんだけど、予想以上に道路も空いており、実に良い結果を予感させるような往時のひと時だったのです。
 基地内に入るのに多少の渋滞があっただけで、何の問題も無く到着し、万全の準備を整えながら爆音を聞いて上を見ると、まず米空軍のF-16の展示飛行があり、Tさんに500mmバズーカを装着したカメラを渡して、その重さと追随の難しさを実感してもらい、その後エプロン地区に移動していると、場内放送で「13:40からF-4ファントムの訓練飛行が始まります。13:20〜13:40の間に通り雨があると思われますのでご注意ください」というアナウンスがあったら、実にぴったりの時刻から降雨が始まったのです。
 さすが、気象隊ご自慢のハイテク機器を活用した事前予報、まさにドンピシャの20分に雨が降って、その後止み、晴れ間もさして来たのです。
 この気象隊は、どの航空基地にもあるんだけど、個人的に防府北基地の気象隊ネタを思い出したため、そのネタをTさんに伝えると笑ってました。

 というのも、オレが航空自衛隊パイロット養成コースである航空学生のなり損ないだと知っているお客さんのKさんが、Kさんの会社の社員と婚約したF-4パイロットのYさんが遊びに来る時に誘ってくれて、一緒に食事を共にした事があったのです。
 Yさんは、航空学生という意味では、オレの先輩でもあり、かなり詳しい方ならご存知かも知れないけど、ファイター・ウエポン・スクール(FCS)と言って、解りやすく言えば、日本のトップガンを卒業している腕利きのパイロットです。
 そのYさんが、その直前まで、お礼奉公として防府北基地の飛行教官として約2年間赴任していて、元々那覇にいるYさんは、郷に入れば郷に従えの言いつけどおり、冬は那覇では堪能できないスキーに明け暮れていたらしいのです。(もちろん休日の事です)
 1月2月は問題ないものの、3月も中旬になると、さすがに中国山地でも天候しだいでは楽しく滑走できない状況もあるけど、今度の週末も行きたい!という気持ちになったら皆さんはどうしますか?
 オレも同じ状況から天気図で色々予想をつける習性が身についたんだけど、このYさんはハンパではありませんでした。
 パイロットなら当然のように連日天気図はチェックし、毎朝早い時刻に「ウェザーブリーフィング」と言って、飛行隊パイロットが集合して、気象隊から天候の説明が行われるのです。
 それを飛行学生のフライトとのブリーフィングだけに使わなかったのがYさんなのです。
 Yさんは、高層天気図なども含めて、入念にチェックして、どのスキー場なら大丈夫か見当をつけて3月下旬の土日でも滑りに行ったそうで、さすがハイテクによる資料と、ベテランパイロットの気象知識と経験が最大限に活かされて、ほとんど失敗なしに楽しめたそうなのです。
 それを思い出したので、「さすが気象隊の予報は、分単位で正確だなぁ」と感心せざるを得なかったのです。
 そして、予定どおりF-4EJ改による飛行も終了し、次はブルーインパルスという状況になったし、天候も明らかに回復し始めて、Tさんも気合いが入り始めていたのです。

 ところが、またしても場内アナウンスで、今度は悲しいお知らせだったのです。
 「14:10から予定しておりましたブルーインパルスの展示飛行は、出発する築城基地の雷雨のため飛行はキャンセルとなりました」という耳を疑うようなアナウンスが流れたのです。
 実は、ブルーインパルスの飛行について、詳しくない方に少し補足しておくと、ブルーインパルスは、その飛行場から離陸して展示飛行をする場合が多いけど、この防府北基地のように滑走路の長さが十分に無い場合は、「リモート展示」と言って、近隣の基地から離陸し、展示飛行を済ませて、また戻るという方法があるのです。
 そして、防府北基地のリモートベースとして使われているのが、福岡小倉から車で50分ほど南に行ったところにある築城基地で、その基地上空が雷雨にすっぽりと覆われてしまっているために、離陸を断念してキャンセルになってしまったというわけなのです。(きっと厳密に言えば、離陸できないというよりも、着陸できない恐れがあったから取りやめたというのが正確だと思います)
 昨日どころか、今朝の段階でも、雲が厚くてキャンセルになる可能性も覚悟していたものの、まさか通り雨もやり過ごし、天候も回復し始めたのに、リモートベースの天候が理由でキャンセルになるとは思いませんでした。
 Tさんに「もしかして雨男?」と聞くと「何を言う。雨男は新枝さんじゃろ」と切り返すけど、オレ個人としては、あまり雨に見舞われることが少なかったので、もしかすると「晴れ男」X「晴れ男」=雨という公式があるのかも知れません。
 「オレ達、相性最悪なんかも」と毒づきながら帰路についたけど、なかなか相性としては面白いTさんではあります。
7月17日
 昨日、今日の報道や情報番組は、例の秋田の事件に多くの時間を費やしているのは、家で連休をくつろいでいる方なら、皆さんご存知のとおりです。
 そして、色々なコメンテーターが語っている話を皆さんも耳にされているだろうし、色々なコメントを繰り出しながらも「容疑者の真意・真相がよく解らない」というコメントがたくさん出ているのもオレが言うまでも無い事です。
 昨今、営利や怨恨が動機ではない犯罪が急増しているという話は多くコメントされているし、犯罪心理学という面での解析をかなり紹介されているものの、個人的な印象では、まだまだ踏み込みが甘いなぁ…という気がしています。
 というのも、本質的な意味では「動機の無い犯罪」は無いと思っているのです。
 ただ、その問題は、その動機が今までのような形式論的な内容に当てはまらないモノであったり、犯罪心理学よりもさらに心の内面に存在していて、ゆっくりと解きほぐさないとなかなか理解できない内容が動機になっているだけだと思っているのです。

 特に、潜在意識や、男女の思考パターンやそれを実現する手法の違いというのは、その動機や犯罪に至る根源を理解する上で大変重要なテーマで、その辺を解きほぐす作業を行っていけば、かなりの部分を納得できるはずなのです。
 よく「あの人は、以前から行動や付き合い方が変だった」などと事件の後の取材中に、周囲の人がコメントするシーンをご覧になっていると思うけど、あれは客観的に見た場合に変だったに過ぎず、当事者としては、ほとんどのケースで、自分にとって最も自然で楽な選択肢を選んでいるはずなのです。
 それを、その本人の心の中を理解しない人間が、表面的な事象や結果だけを見て「変」だと感じているだけなのです。
 言い換えれば、その客観的に「変」に見える事象が自然に感じるためには、どのような背景や心理があればそうなるかというアプローチで考えていけば、その本人の心理状態や顕在意識、潜在意識を絞り込んでいけるのです。
 少し前に、学生達の相談を受ける時の話を紹介したけど、その際に相談者の悩む相手である会っても無い人のキャラや、何をどういう風に考えているタイプの人間かを言い当てる事が多いというのは、「オーラが見える」からではなく、このようなアプローチを取っているからなのです。
 そして、もっとも犯罪解明だけでなく、今の世の中での問題行動などを解明できない大きな障害になっているのは、愛を理解していないからだし、その愛という視点で、関係者を解明していないからだと感じています。
 「そうは言っても、情報番組でも愛情の欠如というような取り上げ方を多くしているじゃないか」とお感じの方も少なくないと思うけど、愛と言っても依存でも支配(被支配)でもない、本当の意味の愛を区分して解明しているかというと、個人的な印象では「ほとんど味噌とクソの一体化状態」なくらい、ニセモノの愛も混同して分析したり報道しているとしか思えません。(同様に実社会の中にある愛も、ニセモノの愛が氾濫しています)
 そういう視点において、今回の秋田の事件を考えると、非常にすべての辻褄が合うし、まだ報じられてないけど、あるはずのいくつかの事実を加味すれば、少なくとも容疑者にとっては、すべて自然な行動なのです。

 もちろん、だからと言って許されるというような事ではなく、犯罪の事実としてはオレ自身も断罪すべき内容だと思うけど、本当の意味での今後の犯罪の抑止という観点では、もっと分析して全ての社会や家庭で、「愛」について考えてみる必要があると感じています。
 殺人という犯罪は、ある意味人間が犯す究極の犯罪と言っても間違いではないものの、実はその瞬間に犯罪への動機や殺意が形成されるのではなく、直接の被害者への過去への感情だけでもなく、もっとさかのぼって幼少の頃からの事象の重なり合いによって、究極の犯罪に至る(無意識の)準備が行われていくものなのだと思うのです。
 なぜ、オレが学生だけでなく、色々な相手に自分のメリットも無いのに時間や労力をかけて関わるのかと、色々な方に言われる事が多いけど、誤解を恐れずに言えば「そのままの路線を進めば、将来犯罪を誘発するか、無意識のうちに巻き込まれる危険がきわめて高い」からだし、その前提において、「本物の愛を受けた事も与えた事も、不幸な事に経験が無い」から、それを自分で理解(もちろん、一緒に理解できるように関わる)し、愛を受け入れる事によって自然に乗り越えてもらいたいからなのです。(無理して背伸びする事ではなく、本物の愛情を受け入れる事ができれば、自然に乗り越えることができるのです)
 そして、今の自分の状況から変えていくという作業は、色々な事を我慢し、制約の多い生活になると考える傾向があるようだけど、実際には全く逆で、乗り越えてみると、それまでよりも無理も意味の無い苦労も無く、とても自然で落ち着いてホノボノとできるのは、オレの周辺の仲間を見て知っている人なら理解できるはずなのです。
 と言ったわけで、急に業務連絡というワケではないけど、これまで「ニセモノの愛に振り回されてばかりじゃなく、本当の愛情を受け止める事ができれば、ホントに楽になるから」と伝えていて、まだ迷っている人にも、少しでもこちらの世界に足を踏み入れて欲しいと心から願っているから、いつでも切り出してちょーだい。
 少なくとも、同じようにずっと迷い続けて踏ん切りがつかなかった人でも、勇気を出して踏み出してみれば、みんな「これまで何を恐れていたのか、今思うとバカらしくなった」という事をみんな言っているのです。
7月19日
 今日の午前中は厚生労働省の教育訓練の講座に登板でした。
 今年のスケジュールは、なぜか年間4コースのうちの3コースが前半に集中しているので、1コース8回(24時間)担当しているため、4月からほぼ毎週水曜と、7月に入ってからは月曜だったり、明日も講義だったりと、なかなか変則日程と格闘しています。
 特に、この講義を担当するにあたっては、本業に支障を出さないために朝も5時40分には起床し本業をしっかり片付け、また休憩時間ごとにメールチェックを行うので、連続すると睡眠不足も重なり結構大変な部分もあるけど、手応え十分の受講生ばかりなので、つい、昼休みの素朴な質問にも無料奉仕で時間を使ってしまうのです。(そういう意味では、講師冥利に尽きる話です)

 今日の講義の主な内容は、マーケティングにおける財務分析と、世間の分析が陥りがちな傾向と落とし穴という、文字にするととてつもなく難しいように感じるものの、実際には、多くの方が眼からウロコの勉強内容だったはずなんだけど、実は、その講義の中で、最も重要なテーマは「先入観を持たない、結論を先に決めない」という事なのです。
 講義内容を引用すると、とんでもなく長い日誌になるので、講義の補足として脱線した話(オレはどこでも脱線講師です…反省)として、17日にも触れた秋田の事件でも同じ事が言える色々な物証も説明したのです。
 あの事件を事故と先に結論付けていたり、事故での結論を様々な都合上期待していると、例えば警察犬の捜索結果で河原に犬が降りれば、河原で足を滑らせたという事の状況証拠の1つに採用できると誰でも思うのです。
 ところが、日誌にすでに登場の北芝健氏は、かなり早い時期から警察犬での捜査の危険性を指摘していて、「警察犬は、嗅覚が非常に鋭いため、当日・前日より昔の臭いまで発見する事がある」と、当日必ず立ち寄ったという物証とは言えないと断言していたのです。
 でも、結論を事故にしたいという気持ちが強ければ、その確証の無い(警察犬がそこで立ち止まったという)事象が、有力な証拠になってしまうのです。(その後の話で、もしかすると、警察犬は河原に降りていないという疑惑も浮かんでいます)
 本当は、仮に警察犬がそこで立ち止まったとしても、あくまでも1つの事象として捉えた上で、その他の証拠や心証などと総合的に検討して事故か事件かを考えるべきだし、そうすれば良いだけなのです。(これと同じ意味合いの事を企業活動を例に取り、説明したわけです)

 同じことは、色々な局面で身近に存在しているので、そのいくつかを紹介すると、例えば学校の現場で、学生達がよくウソをついて言い訳ばかりしていて、ウンザリしている教師がいるとします。
 すると、同じような件で、別の学生が状況説明をしようとした時に「どうせ、オマエもウソだろ」という先入観と、「だから言い訳なんだろう」と結論を先に決めて話を聞くと、その事情説明の中にある真実を立証する内容を見過ごしてしまうものなのです。
 そうやって、全く取りあってもらえなかった学生に相談され、しっかりと話を聞いてみると、どう考えてもウソではないという結論にたどり着く事が少なくないというのが、オレのこれまでの経験です。
 だから、99のウソの事例があっても、最初から先入観を持ったり、結論を先に決めて聞いてはダメなのです。

 他にも、秋田の続きでいうと、容疑者の娘である被害者が母親をどう見ていたかというのは、本当のことは本人にしかわからないけど、伝えられるコメントを聞く限りにおいては、「母親が憎い」というコメントはほとんど無く、痛ましいほど、自分自身を責め「私が悪いから、お母さんは叱るんだ」という姿勢で見ていたはずなのです。
 言い換えれば、「だからお母さんは悪くない」し「お母さんは、ちゃんと私に色々な事をしてくれる優しいお母さんだ」という意味にもなるのです。
 しかし、どう考えてもそうでない状況だったというのは、皆さんもお感じのとおりだと思うけど、この認識の差は、実は被害者本人の自己防衛という心理なのです。

 小学生にとって、親の存在は絶対です。生殺与奪の全てを握られているわけです。
 その環境が幸せに満ちていれば何の問題もないけど、不幸にしてとても辛い環境だった時にはどう感じるでしょうか?
 経済力や腕力など、何かが対等な立場であれば、家出をするとか暴力を振るうという手段も講じれるけど、何の対抗措置も持てない状況で、本来最大の理解者であるべき親の存在が、最も自分を苦しめる存在だったら、それはたまらなく苦しいはずです。
 それを少しでも緩和する方法があるとすれば、「親は悪くなくて、自分が悪いから叱られるだけだ」と思い込み、親は自分にとってかけがえの無い存在であり、「最大の理解者のはず」と信じ込む事で、安心と拠り所を得ようとする方法だけなのです。
 実は、こういう考えに至る傾向を「DSS」(ドメスティック・ストックホルム・シンドローム)と言うのです。
 これを紹介するには、まずDSSの元になったSS(ストックホルム・シンドローム)を説明しないといけないのですが、昔、ストックホルムという街で銀行強盗が銀行に押し入ったのです。
 しかも、その状況から、そのまま銀行にいた銀行員や利用者を人質に立てこもる状況になったのです。
 その後、数日をおいてようやく開放された時に、警察が異様な光景を目にしたんだけど、それは本来被害者であり犯人を恨むべき銀行員やお客と犯人の間に連帯感が生じ、犯人に重い刑罰を下さないように被害者達が願っていたという状況なのです。
 当たり前に考えれば全く逆の行動と感じて当然なので、これには警察も驚き、心理学の学者を入れて調査した(このへんが、その頃の日本と違うところです)ら、急な環境の変化で、身の危険まで考える状況になり、それを少しでも緩和したいという気持ちが強くなると、犯人の中の良い面を受け入れ同化しようという気持ちが働く事で、その状況下での精神の安定を図っていたという心理なのです。

 それを家庭の親子関係で作り上げてしまうのが「DSS」(ドメスティック・ストックホルム・シンドローム)と呼ばれる現象で、実は気付かれていないだけで、意外と少なくないのです。
 そして、DSSと同じ関係に至るのは、もちろん親子だけに限らず、無茶苦茶な会社と社員の関係、女の子の悪い男との関係(もちろんその逆パターンもアリ)など、色々な局面で「あの人(会社)は決して悪くない」と信じ込み、のめり込んでしまう現象があるものなのです。
 一見矛盾するように感じるかも知れないけど、ちゃんと良い部分を信じてあげる事と、自分が盲目的(本人にはそういう自覚はありません)に信じ込もうとする事は大きな違いで、会社で言えば、周囲の人間誰もが「あんな会社辞めないと、アナタが大変な事になってしまうよ」と言われても、「仕事が辛いのは当たり前。でもあの会社だって良い事はあるんだ」等と、その時は決してそう思えなかったけど、辞めてみたら周囲の人間に言われたとおりだったというようなケースは、まさにそれなのです。

{ストックホルム・シンドロームを取り入れた映画}
 というような心理学的アプローチで説明したDSSやストックホルム・シンドロームだけど、これを使った映画があるというと、何かえらく難しかったり、おどろおどろしい映画をイメージされるかも知れません。
 ところが、邦画にも笑えるノリの映画があるのです。
 「スペーストラベラー」という一見SF映画かいな?と思わせるようなタイトルだったり、勇気を出して借りてみると冒頭のシーンでは「あれ?何このアニメ。レンタルビデオの中身違うじゃん」と思ってしまいそうなストーリーだけど、実は銀行強盗と銀行員やお客が知らず知らずのうちに連帯感を持って、ストーリーを組み立てている話です。
 ちなみに、「踊る大捜査線」の関係者が深く関わっているため、深津絵里(ただし”すみれ”役ではありません)や、同じく「踊る大捜査線」のSAT隊長役の人が同じSAT隊長として登場してます。
7月24日
 なかなか明けない梅雨には、オレだけでなく困っている方も多いと思うんだけど、もしかするとコレも閏月が入る年の天候異変の1つなのかという気がしてます。

{当たるも八卦?占いの真髄!?}
 皆さんは、占いを信じるほうですか?
 オレは、朝の番組が横並びで同じ時刻にやる占いや、某有名(強気)占い師の番組の占い自体にはほとんど関心がありません。
 だったら、全て否定しているかというと、正直に言えば「当たるかどうかは別として、そういうものもあってもいいじゃん」というスタンスです。
 妙な例えかも知れないけど、例えば酒は理想的な栄養補給を追求した場合、きっと最近CMで言うところの「良からぬモノ」に分類されるものだと思うけど、「まあ、あってもいいじゃん。人生の潤滑剤だから」というのと同じニュアンスなのです。

 そんな中で、最近車を引き取りに行った時に、お客さん(元受講生でありがたい事にお客さんになってもらっているだけでなく、カレシとカレシの友人までもお客さんになってもらってます)のMさんに教えてもらって、オレの周囲でブームになっているのが「占いモンキー」です。
 最初、引き取りに行った時に、「新枝さん、誕生日いつ?」(ホントは、Mさんは”新枝さん”とは呼ばないけど、Mさんの呼び方をここに書くと、日誌を読んだ色々な人が、嬉々としてマネしかねない恐ろしい呼び名なので省略します)と言われ、正直に生年月日を言うと、2人でパソコンに向かってチョイチョイと入力しているのです。
 「何をやってるんでっか??」と覗き込もうとすると「おぉ!寂しがり屋の”秩序派グレーモンキー”じゃね」と言われ、その説明文を読み上げられたのです。
 Mさんは、去年の春に厚生労働省の訓練講座で教えた受講生で、ちょうど1年前にカレシとも夜遅くまで話をするようになったんだけど、どうもそれまでの話が結構深かったらしく、2人はオレのキャラを良くも悪くも知っているようなのです。
 そして、説明文を読み上げながら、妙に途中途中を納得しうなづきながら、オレにも同意を求められている光景は、笑える判決を下されているような気分だったんだけど、3人共通の印象は(少なくともオレに関しては)かなり当たっているという内容でした。
 「う〜ん。確かに認めざるを得ないねぇ」と冷や汗をかきながらリアクションしていると、「誰か誕生日を知っている人を入れてみてよ」というので、Mさんも知っているOさんの誕生日を入れると、確かに表面的な部分だけでなく奥深い意味では、結構OKを出せる状況だったのです。
 「あのね新枝さん、これまで散々探してみても、ゴールドモンキーの人を見つける事ができなかったんだけど、誰か新枝さんの周りにいないか検索してみてよ」というので、ちょうど、最近最も関わりの深いSちゃんを入力してみると、いきなりゴールドモンキーでした(ただし野人派!…爆)
 実は、このSちゃんの結果は、もしSちゃんを知っている人が見たら「全然当たってないじゃないか」と言うはずだけど、表面的な行動傾向はそう見えるものの、実は色々なしがらみが無くなった時の素のSちゃんは、こういうキャラだというのを少なくとも世界の中でオレだけは確信しているので、「う〜ん。この占い、バカにできん!」というカンジでした。
 そこでMちゃんをはじめ、数名をチェックしてみたんだけど、個人的感想を言えば、後天的な経験や環境に色づけされている部分の性格やキャラではなく、本質的な面を主に見た場合は、比較的うなづける気がしました。
 皆さんはやってみた事ありますか?

{”チョイチョイ”つながり}
 今、某専門学校のテストを採点している最中なのです。
 その中の1つの科目のテスト用紙の下に少し余白が生じたので、「時間が余れば、何か書いてください」と一文を添えておいたのです。
 まぁ、何か言いたい事があれば書けばよいし、退屈だったらアンパンマンの絵でも描けば?という程度のノリだったのです。
 ところが、オレの担当している講義がとても楽しく、「マーケティング」がこんなに身近なモノだと思わなかったというような嬉しいコメントを書いてくれていたり、プライベートで悩んでいた時にベストアドバイスをしてもらってとても楽になったとか、オレのコレまでの色々な経験や苦しかった時に何に悩んで、何を大切にしたかというような脱線話には、自分の生き方を考えさせられたとか、真っ直ぐな生き方をしている先生はとてもステキだなんて、ブタじゃなくても木に登りそうな(古っ!)コメントもあったのです。(ただし、そのコメント内容と採点は当然無関係です)

 やっぱり、「ああいう事を考える機会をみんな渇望しているんだなぁ」と思い、かなりそれに対する返事を書き込んだんだけど、色々な学生のコメントで1つ爆笑したのは、Uちゃんの「間違えとってもチョイチョイとうまいコトやっといてNe♪ 後期もヨロシク"ハート"」という”神”じゃなかった試験監督を恐れぬ鉄のような心臓のコメント書きでした。
 そんなモン、間違っているのを「チョイチョイ」とできるワケないじゃんか。
7月26日
 一昨日の日誌に「閏月って閏年の間違いでしょ?」というメールを何件かいただきました。
 確かに一般的に有名なのはオリンピックの開催年の1日多い「閏年」ですよね。
 しかし、昨年暮れに閏秒という1秒多かったのをご記憶の方も多いと思うのです。(12月31日23時59分59秒の後に12月31日23時59分60秒があったのです)
 それと同じように、あまり一般的には認識されていないけど、閏月というのがあるのです。
 ただし、今、暦として使っている太陽暦ではなく、旧暦(太陽太陰暦)での話です。
 旧暦の場合、毎月が29日もしくは30日なので1年12ヶ月経過すると354日になっていしまうために、太陽暦と比較すると11.24日くらい少ないのです。
 そのため、それを修正するために「閏月」というものが入る年があって、今年の場合、旧暦では7月の後に「閏7月」という月が1ヶ月入って、実質13ヶ月なのです。
 そして、それだけでなく閏月が入る年は、天候が荒れる傾向があると考えられているのです。
 どのように荒れるかというのは、閏月が入る月によっても異なるんだけど、前回閏月があったのは2年前の2004年で、皆さんご存知のとおり2004年は、毎週台風が上陸する状況だったのです。
 今年の台風がどのような状況になるかは、まだ何とも言えないけど、梅雨時期の全国的な豪雨は、「天候が荒れる」という経験的言い伝えを思い出さざるを得ないのです。
 ちなみに、太陽暦に比べて11.24日ずれるために、時々閏月を入れると書くと、「なんと旧暦はダメな暦やなぁ」と考えられるかも知れないけど、季節の移り変わりは閏月を入れる旧暦のタイミングで季節が移り変わっていくのは不思議です。
7月29日
 密かに調達していた機材が届きました。
 これで、月曜はビックリさせる事ができる・・・という意味深な宣言だけしておいて、今日は幕!
 Nちゃんに読まれて、意味を理解されてしまうと、また叱られそうです。
 何をどう叱られるかは、月曜の日誌をお楽しみに??
7月31日
 連日汗だくです。。。
 お約束の31日になりました。
 今日は写真教室…と言えば、もしかすると想像できる方もいらっしゃるかも知れないけど、今日は人物撮影練習Vol.1だったのです。
 先月、サプライズ撮影を敢行した時は、ストロボ3台を使った撮影だったんだけど、何が問題かというと、オレのカメラじゃないとワイヤレス連動しないために、参加者の皆さんのカメラでは使えないのです。
 そこで、今後、どっちにしても必要だから…といういつものパターンで、ライトスタンド、ブルーランプ(500W)、アンブレラを2セット購入したのです。
 教室を主宰する画廊側のNちゃんは、当初からオレの先行投資を気にしていて、「手持ちの機材の範囲からゆっくり展開してもらえばよいから」と何度も念押しされたのに、毎月のように機材を購入するので、「また叱られるかな?」という話だったのです。
 先週も、オレは別の講座で、「設備投資の大原則」を偉そうに講義して、例外としてやっても良い事例を紹介して納得してもらったんだけど、この教室に関しては、ホントはダメ出しの過剰投資なんだけど、そりゃやっぱり参加者の満足を抜きにしては、あり得ないと思っているからです。(これでしばらくは、フレンチのフルコースの生活から、イカの塩辛とお海苔のふりかけの生活になるでしょう…笑)

{今まで考えなかった事}
 今年、写真教室を引き受ける事になる前までは、まさか写真を仕事にするなんて考えた事はありませんでした。
 だからこそ、自分が撮りたい被写体以外を全く撮ってなかったので、2月からスタート日までは、まさに野球のキャンプみたいに、新魔球(自分の撮ってない分野)をマスターすべく必死だったのです。
 サラリーマン時代、カメラに足を突っ込むきっかけをつくったM君を、当時オレは「マニアやなぁオマエは」などと暴言を吐いていたんだけど、今やM君をサクッと飛び越えた領域にまで足を突っ込みそうな勢いで、商品撮影や料理の撮影を徹底的にマスターしようとしている最中です。(あくまでも現在進行形に過ぎませんが)

 他にも、ある時は、関西を3日で15時間も歩き回り、ある時は宮島で3時間も粘りと、まさに体力勝負で取り組んできて、先日も平成お気楽社員(役職付き)のTさんが、「ホンマにタフじゃねぇ」と褒めるというよりあきれていたんだけど、その3時間の粘りの結晶の宮島の鳥居の夕焼け写真が、なんと画廊で額に入って展示販売される事になったのです。
 ギャラリーヨコタに出入りされた事がある方であればお解かりかも知れないけど、1階の奥のレジ周辺に、他の絵画教室の先生の作品が展示販売されているんだけど、その中で1枚だけ写真が展示されている鳥居の写真が、オレの作品です。
 写真というかカメラを仕事にするとは思わなかったけど、もっと思わなかったのは、オレの写真に値段がついて売られるという事で、どっかの幹事長の言を借りれば「まさに驚天動地」という心境ですが、是非お買い求めください(笑)

{今日のスペシャルサンクス}
 教室参加者のOさんが、今日教室に来た際に、手作りシュークリームなどを持ってきてくれたのです。
 以前も、トマト系のフランス家庭料理を持ってきてもらって、教室開始前に、みんなで味を堪能し、危うく「誰かワイン買ってこん?」と言いそうになったのです。
 今日のシュークリームも大変美味でさすがOさんは業界人!と評価したいオイシサでした。
 そのシュークリームを食べながら、参加者の撮影後のアドバイスが、参加者にとって非常に楽しい時間になったのは、間違いの無いところです。
8月4日
 映画のシナリオではないけど、当初何も深く考えなかったネタが、後から大きな展開してしまった事はありませんか?

 少し前からIさんと、Iさんの今後の仕事について色々な話をしているオマケの話として、広島近郊にIさんの家族が所有している別荘があって、そこは自然豊かなだけでなく、建物も落ち着きのある雰囲気を兼ね備えているらしく、「是非1度遊びに寄ってください」と言われていたのです。
 オレの日常からすると、皆さんにとっては予測もつかない事かも知れないけど、基本的には自然の中でゆっくりした時間を過ごすほうが好きなので、オレも当然乗り気になっていたのです。
 今日、約1週間ぶりにIさんと話をしたんだけど、その時に、その別荘の写真を撮ってもらえないかという相談もあったのです。
 すでに、他の方によって撮影された10数カットのカンタンな写真を見せてもらいながら、そういう話を聞いていたんだけど、こればかりは、Iさんがどういう感じで写真を残したいか、そして対象の別荘と、その周辺を見てみないとなんとも言えないので、頭の中は回転しているものの、リアクションとしては冷静な感じで対応していたのです。

 でも、頭の中で感じたのは、Iさんとの関わりを考えれば、1度だけの撮影チャンスというワケでもないし、その撮影されている写真を見たときに、手前の木が赤くなっていないけど紅葉のようなので、「季節の移ろいを、1年間通して記録に残して、アルバムでも作るといいかも」なんて、つい言ってしまったのです。
 するとIさんは、突然目をランランと輝かせて「それ、とてもいいじゃないですかぁ。是非、それでお願いしますよ〜」と、思いっきり食いついてきたのです。
 「あ”…もしかして、今オレ、自分の首絞めた発言してしまった??」というと、「でも、それホントに良いと思いますよ」と言われ、四季折々の雰囲気を撮る方向で検討するという事になったのです。
 とりあえず、盆明けになれば少し仕事なども落ち着くので、まず1度行ってから、細かな事は考えていこうという事にして、今日の相談は終わりにしたんだけど、夜Iさんから「今日も色々相談に乗ってもらってありがとうございます。帰って、お父さんに話したら、(オレの提案した)季節の移り変わりのアルバムみたいなのをずっと作りたかったそうです」というメールが届いたのです。
 そのメールの雰囲気から、明らかにIさんよりもIさんのお父さんのほうが、さらに食いついて乗り気になっていらっしゃる事は間違いないので、じっくりと撮影できる環境は用意してもらえそうだけど、その分小市民のオレはプレッシャーに負けてしまいそうです(涙)
 ま、今回は、幸いな事に、何度でも撮り直しができる被写体なので、ちょっと1年かけて別荘とその周辺の表情を撮ってみようかと、半分楽しみに、半分覚悟を決めつつある1日でした。
8月14日
 皆さんは、お盆をどのように過ごしていますか?
 盆休みなんて浮かれているのは、サービス業で常に公共的な仕事に従事したり、官公庁勤務の方に申し訳ないものの、きっとノンビリされている方も多いと思うのです。
 オレは、何かと走り回っていて、とても盆休みという雰囲気ではないんだけど、今日は「宮島水中花火大会」に行ってきました。
 元々、遠景から花火を見る事までキライなわけではないものの、会場で見る時の迫力と引き換えになる大混雑が大嫌いなオレとしては、花火大会はどちらかというと無縁な存在だったし、数年前に宮島の花火当日に、たまたまJRの逆方向に乗るためにホームで待っていると、会場から帰っている観客の大混雑を見て「オレの行く世界ではない」と勝手に確信していたのです。
 その確信がサクッと崩れる事になろうとは、そしてまさかそれが仕事の一環としての写真で乗り込むことになろうとは考えもしなかったんだけど、周囲のイベント好きに聞いてみると、20時頃から始まる花火大会だけど、午後早めの時間になると、すでに混雑しているという事だったのです。
 そこで、色々調べて見ると、やはりそうらしいので、例えば2時間前に会場に入ったのでは、とても撮影できるような環境ではないらしいのです。
 さらに、前日までの場所取りはNGだけど、当日は指定範囲であればOKという情報を得たので、やはり早めに場所確保が必要だと判断したのです。
 問題は、その「早めの時刻」がどのレベルなのか…という事で、「来てみたけどいっぱいでした」というのではシャレにもならないから、意を決して最も早い作戦を実行する事にしたのです。
 というのは、ご存知のように宮島というのは連絡船でしか本土との交通がない島なので、連絡船の第1便で乗り込めば怖いもの無しだろうと考えたのです。
 しかも、連絡船第1便に接続するのは、広電の電車も始発だし、2分しかない接続なので、滅多な事ではその作戦を実行するヤツなんて居ないはずだと踏んだのです。
 そして、午前4時半に起きて電車に乗り、無事連絡船に乗り継いだけど、驚いた事に6時25分という時刻から宮島に渡る必然性が非常に低いと思える時刻にも関わらず、乗客が多いのです。
 また、その乗客をよく観察すると、明らかに三脚などを抱えている人が多く、「こりゃ場所取り争いになりかねん」という状況だったのです。
 そこで、オレは客室には入らず、接岸後すぐに船を下りる事ができる位置でスタンバイし、先頭を切って上陸し、目的のエリアに到着してみると、指定範囲のほとんどはすでに押さえられていて、わずかなスペースを大きな灯篭の影になっている場所で発見し確保できたのです。
 どうも、島に前泊する方も相当多いらしく、船が着く前に多くの場所を確保されていたみたいだったので、昼前くらいに乗り込んでいたら…と思うと、ゾッとする話でした。
 場所を確保後、一旦戻るべく桟橋に到着すると、次の便でも多くの方が機材を抱えて船を下りていたけど、きっと最前列は確保できなかった事でしょう。
 朝1番の船で確保に行くという作戦は、個人的には「度を超えたアホな作戦」だと思っていたけど、それ以上の方が多かったのば、色々な意味で驚きです。
 夕方に再度乗り込んで撮影したんだけど、花火の撮影には多くの課題を感じた1日でした。
 特に、問題は「ウデ」(爆)かも。

{宮島”水中”花火大会}
 以前から納得できないのは、この名前です。
 鳥居の沖合いに「はしけ」を浮かべ、そこから打ち上げる花火は幻想的で素晴らしいアイデアだけど、そりゃ水中じゃなくて水上でしょ?
 誰か、そろそろ名前を適切な表記に変更してもらえませんか??
8月15日
 今日は、山口の日本海側の街、萩に行きました。
 盆休みの行楽!…と言いたいのは山々だけど、今日も撮影の仕事のためです。
 昨日の宮島と同じで、最近修学旅行になじみが少なくなった(はず)の萩の東光寺の万灯会の撮影です。
 東光寺というのは、毛利藩主の菩提寺で、オレも昔修学旅行で立ち寄ったはずなのに、目立つ朱色の総門からして全く記憶がないという、実に反省すべき状況なのです。(最近宮島の観光ポスターのコピーのように、枕投げしか記憶がないかも…汗)
 この東光寺は、例年8月15日の夜に、「送り火」として、毛利藩主の墓を守るように立てられている数多くの石灯篭にロウソクを点灯するのです。
 その光景を撮影するために乗り込んだワケで、相当の渋滞を覚悟して早めに出かけたので、3時間ほど前に萩市内に着いたため、意外と知られていない8月13日に同様の「迎え火」を実施している大照院にも立ち寄ってみました。
 どちらも毛利家の菩提寺で、偶数藩主と奇数藩主に分けて菩提寺を並立していて、迎え火と送り火も役割分担しているという、ある意味双子のような寺院であるものの、実際に立ち寄られた方ならお気づきのように、建築物の保存管理という意味では、こんなに違っていてよいのだろうか?と気になるような大照院の傷み方は、心苦しいものがあります。

 さて、昨夜は花火撮影の難しさを痛感し、悔しい思いをしながら、アルコールと共に眠りについたけど、今日の灯篭は逃げないし、時間も十分にあるし、夜間撮影自体は、フィルムの頃からよくやっていたので、自信満々で何の不安も持っていなかったのです。
 撮影も、約2時間かけて、15カットほど撮影したし、カメラのモニターでチェックする範囲では、なかなかOKだったので、安心して帰還したわけだけど、翌日(8/16)プリントしてみると、長時間バルブ開放撮影時のノイズが予想外に目立っていたのです。
 以前からデジカメの大きな弱点の1つとして、長時間シャッター開放撮影では、ノイズが目立つという話を聞いていたけど、これまでデジカメ一眼レフにしてから、確かに15秒程度の開放時間だったから、全く気になっていなかったのです。
 ところが、3〜5分のバルブ開放での撮影画像だと、明らかにノイズと思われるものが目立っていて、これはホントに想定外で、経験不足として反省しなくちゃアカンという感じでした。
 逆に、ダメダメだと思っていた花火のほうが、意外とマトモだったので、デジカメ一眼レフには、まだまだ未経験な部分が多いと言うのが正直なところです。
 というワケで、次回の夜間の光源が小さく弱い撮影では、外来ノイズを減少させるために携帯は電源切って、ISO感度も100ではなく、もう少し高め(200〜400)にして、バルブ開放時間を短くして撮影してみようと思います。(きっとそちらのほうが、クオリティが高いと思われます)
8月20日 チリトマトヌードル
 オレは、フード関連での仕事もしているし、いわゆるファーストフードやインスタント食品のホントの問題点も、脱線して講義する事もあるけど、カッコ付ける事なく言えば、これらの食品を完全否定しているわけでなく、もちろん食べる事は世間並みにあるのです。
 その中で、何が好きかという聞き方をされると、すぐに候補を挙げることができないというオレの各分野で出てくる弱点とは裏腹に「チリトマトヌードル」と言明できるのです。
 正直に言えば、コクだとか風味だというようなレベルの話ではなくて、出会ったときの衝撃度が未だに強い印象とハロー効果を及ぼしているに違いない程度の話だと思うけど、このチリトマトヌードル、最近はたまに限定販売される商品だと思い込んでいたのです。
 というのも、スーパーやコンビニに立ち寄ったときに、生鮮食料品だけでなくカップラーメンなどの売り場もチェックする事があるんだけど、まずチリトマトヌードルを見かける事が無く、数年前に突如として半年間くらいセブンイレブンの店頭に並んだし、同じ事がそのまた数年前にもあったからなのです。
 そのため、次回の期間限定発売を楽しみにしていたんだけど、ひょんな事から日清食品のHPを見てみると、そこにあるはずのないチリトマトヌードルがちゃんと商品ラインナップとして掲載されていたのです。
 それどころか、日清食品のHPだと、直接それら現行ラインナップの商品も購入できるようになっていて、当然の事ながらチリトマトヌードルも購入できるようになっていたのです。
 という事は、これまで店頭に並んでいなかったのは、発売中止になっていたのでも、期間限定販売になっていたのでもなく、単に何を店頭に並べるかという時に、選ばれなかっただけという事になるので、まさに驚きだったのです。
 皆さんにとってのチリトマトヌードルが、どれほど皆さんの中の重要な位置を占めているかはわからないし、実際のニーズ的にも店頭に陳列するほどの要望はないのかも知れないけど、最近の悪しき傾向として、店頭に並べるラインナップを決める判断基準が表面的結果に影響されすぎている1つの証拠ではないかと感じているのです。

 オレのマーケティングの講義を聞かれた事がある方であれば、以下に近い話をした事が何度かあるので、ご記憶の方もいらっしゃると思うんだけど、昔と違って販売店のバイヤーの仕入れ基準には問題があるように感じているのです。
 というのも、仕入れ担当者に限らず、最近はデータ重視という傾向が強く、仕入れの際も販売店内の「販売売れ筋リスト」やメーカーの「売れ筋リスト」のデータを重視して、その上から陳列可能な何番目までというような選択方法が非常に目立っているのです。
 そうなると、一見、限られた陳列スペースを最大限効率的に活用できるように感じられるものの、極論すると、50品目陳列できる店、100品目陳列できる店、200品目陳列できる店の3店舗があっても、上位50品目はどこでも違いがないだけでなく、陳列スペースの小さな店の存在意義がないのと同じになるのです。
 例えば、本屋などは同じ問題がはっきりと出ていて、昔に比べて本屋ごとの特色が非常に希薄になっていて、だからこそ小規模店の存在意義が薄れ、大型店舗が出店されている以上のペースで小規模店が閉鎖を余儀なくされているのです。
 それと同じで、もしかするとチリトマトヌードルもホントのニーズは、今のメーカーの販売実績以上のニーズがあるのに、どの店頭でも陳列されていないので、買えないという実態と、陳列していないから販売実績が少なくて、それをデータとして参考にしている販売店が店頭に置かないという悪循環になっているのではないか?と考えたわけです。
 実は、同じパターンでメーカーの販売実績が思ったほど増加しなくて、販売店が在庫しないだけでなく、メーカーの生産計画まで顧客重視とは対極の状況になっていた商品のホントのニーズに気付き、世間とはまったく違った対応をしたところ、西日本で最も売れたという経験がウチにもあったので、「どの業界でも同じ問題を抱えているなぁ〜」と感じたわけです。

 ちなみに、このチリトマトヌードル、日清食品のHPで購入はできるんだけど、定価はしょうがないとしても、24個入りの箱単位になってしまうようで、いくらなんでも24個も要らんなぁ・・・と決断できない今日この頃です。
 というワケで、広島市内でチリトマトヌードルを店頭に陳列しているスーパーをご存知の方いらっしゃったら是非情報をお寄せください。
 また、日清食品のHPから箱買いする際の共同購入者として名乗りを挙げられる方がいらっしゃれば、これまたご連絡ください。

{今日のオマケ}
 今日の日誌は元々オマケみたいなモノだけど、ファーストフード関連の食害については、色々世間でも言われているのは皆さんもご存知だと思うのです。
 しかし、実際には、とても踏み込みが甘い程度の話題に過ぎず、ホントの怖さや弊害は、もっと別のところにあるのです。
 また、スローフード礼賛全盛の今の時代だけど、スローフードのホントの意義も、正直言ってかなり誤解されています。
8月22日
 午前中は、クーラー病を解消するべくタイヤ交換の作業でした。
 朝からごっつぅ暑かったので、タオルも絞れるほどの汗をかき、汗の量なら早実の斉藤投手を圧勝できるタオル大王だと思いながら作業に勤しんだのです。
 作業自体はサクッと終了し、窒素充填も外注を使う関係で、時間がかかってしまう事が予想される事から、お客さんのAさんにはお待ちいただくのではなく、一旦ご自宅までお送りして作業したものの、幸いな事に予想外に早く終了したので、またご連絡し迎えに上がったのです。
 そして、代金をお支払いいただく段階になったのです。
 オレが、タイヤ交換のご相談をいただき、見積りをお届けし、その後に窒素充填を追加する場合の費用なども別途ご案内していたものの、実は、Aさんから「最終的な総額はいくらになりますか?」とご質問があった際のお返事に窒素ガス充填の費用を盛り込み忘れてご案内している事に、昨夜気付いたのです。
 「うわ!しまった…」と夜中12時過ぎてから、パソコンに向かって目も覚める思いで、原因は何回かにわかれて個々の見積りをご案内していたので、盛り込み忘れていたんだけど、「こりゃ、すでに総額として案内しているから、案内額以上をいただくわけにはいかないなぁ」と思い、窒素ガスサービスで伝票を作っておいたのです。
 そして、案内済みの総額でお支払いいただこうとしたら、Aさんもすでにお気づきになられていて、「いや、間違った案内があったからと言っても、ちゃんと使ってもらった分は支払いますから」と先におっしゃるのです。
 もちろん、総額に関しては明らかにオレのミスだし、以前も送料を勘違いして見積り額に入れていなかったようなケースが2度くらいあって、その時にも頂いていないので、「すでにご案内しているので、あの金額で結構です。また、今後も何かご利用いただければ構わないですから」と当初の金額で受け取ろうとしたものの、Aさんの意思は固く、結局ご好意に甘える事になってしまったのです。
 オレも、先日酒を買い込んでレジで清算してもらった際に、どう考えてもウォッカ1本分金額が反映していない額のような気がして、わざわざレジの担当者に、「そんなに安くないと思うので、すみませんがちょっと確認してもらえませんか?」と言って、結局差額を払った事があるんだけど、まったく逆の立場で同じ経験をさせてもらったというわけなのです。

 Aさんは、これまでも何度も利用してもらっていて、今回の作業も当初は今月初めの予定だったのが、Aさんの事情で順延になっていたものの、本来の金額分を払ってもらったというより、金額以上の人間関係を大切にされる気持ちが大変嬉しかったというのが正直なところで、Aさんには、これまで以上に色々な面で力になりたいと考えた午前中でした。(せめて送り迎えしてホントに良かった!)

{続、チリトマト・ヌードル物語}
 早速、トワイライト最強捜索隊の1人、常連のFさんからメールをいただいて、西日本では何度販売促進をしかけても売れ行きが芳しくない反面、東日本ではそこそこの売り上げがあり、スーパー、コンビニでも陳列されているそうなのです。
 ちなみにFさんは広島在住の方なので、まさかここまで調べてもらえるなんて考えもしなかったんだけど、通常の作戦としては日清HPで箱買いか、やはり東日本に買出しに行くしか手段が無さそうな事が判明してしまいました。
 Fさんには、もしそういうケースがあればという前置きで、別の作戦が可能になれば「〜という協力を」とまで申し出てもらって大変感謝に絶えないのがオレの正直な気持ちで、ホントにさすがは「トワイライト最強捜索隊」だと感心するばかりでした。
 というワケで、箱買い希望者はもちろん継続募集中です(笑)
8月24日
{惑星問題}
 ここのところ、太陽系の惑星について、とても騒がしいけど、12個にするだの、8個に減らすだのと、ワケのわからない状況だと感じていらっしゃいませんか?
 結果は、ご存知のとおり冥王星を惑星から外すという結果になったけど、多くの方には、聞きなれないセレスやカロン、2003UB313という名称や大きさについては、散々ニュースで取り上げているけど、それ以外の背景がサッパリというのが、多くの方の印象だと思うのです。
 あと、惑星として認定する条件として、「その軌道の周辺で非常に大きな天体」という表現も意味が判らない方も少なくないと思うのです。

 そこで、少しだけ補足すると、まず、カロンは元々冥王星の衛星だと思われていたのです。
 冥王星の衛星がなぜ惑星になるのか??という疑問が湧いてくるのは正しい好奇心で、冥王星の衛星だと言われながらも、別の見解としては冥王星との2重惑星という関係だとも言われていたのです。
 オレは、カロンについては、それ以上の知識は持っていないけど、そういう前提を知っていたので、衛星だというのが間違いで、少なくとも冥王星との2重惑星としての軌道を描いているという事が、その後の研究ではっきりしたんだろうな?と思いながら一連の報道を見ていました。

 次に、セレスと言っても、廃番になったトヨタの車ではありませんが、このセレスは、まだ学会では賛否あるものの、火星と木星の間に存在しているという話だけでなく、元々その2つの星の間には、ちゃんとした惑星が存在していて何らかの宇宙の激変によって破壊され、その破壊された惑星(小惑星帯)の最も大きな破片がセレスだと考えられている説もあるのです。
 実際、惑星の配列と太陽からの距離にはある程度の法則があり、今の小惑星帯は、その順番と距離は存在すべき位置にピッタリはまっているのです。
 そこで、その軌道上周辺の中の極めて大きな天体という部分を考えれば、セレスが最も大きくても「極めて」という点にひっかかるのが理由で、惑星として認めないという反対意見が強かったものだと思われるのです。
 また冥王星の発見自体も、海王星の軌道や摂動が計算外の部分があり、それから影響を与ええる天体の存在が推測され、結果として冥王星が発見されたのと同じく、2003UB313も同じ理由で発見された事も考えれば、個人的ニュアンスで言えば、セレスは元惑星で、冥王星、2003UB313は惑星、カロンが冥王星の衛星ではなく、冥王星との2重惑星なのであれば、カロンも惑星でいいのでは??という気がします。
 ちなみに、そういう意味合いでの惑星であれば、今後、意外なところで惑星の出現がありそうです。
8月26日
{花火リターンズ}
 お盆の宮島水中花火大会では痛い思いをしつつも、意外と撮影結果は周辺の人に好評だったという不思議な展開だったのです。
 しかし、かなりの経験不足(なんと言っても、初めての花火撮影だった)で勉強不足を感じ、1人反省会を開いて傾向と対策を練って挑んだのが今日の因島水軍まつりの花火でした。
 広島のロケーションを理解されている方であれば、同じ日に本土側のもっと手近な地域での花火があるのに、なぜ因島?と思われるかも知れないけど、これはもちろん人的つながりでの判断なのです。
 Hさんの地元で、お誘いを受けた事、宮島のように島が沈みかねないほどの観客がいないので、往復だけでなく、撮影も制約が少ない事などもあってお邪魔したのです。
 開始前から、色々な場所も案内してくれたり、Hさんには感謝に絶えないほど親切にしてもらったおかげで、撮影には傾向と対策の結果を重視して望めたのは幸いでした。
 ホント、Hさんこれからもよろしく!

{チリトマトヌードル事件、第3弾!?}
 早朝の静寂を破るメールの着信音に気付いたら、なんと平成のお気楽社員Tさんからのメールでした。
 「今、東京に居て、これから帰るのに、コンビニで荷物を宅配便配達手続きをしていたら、”チリトマトヌードル”がカップラーメンの売り場のゴールデンゾーンに鎮座しているよ」と、写メを添えてメールをしてきてくれたのです。
 速攻で、「そりゃ欲しいばい!」と返信したら、「そんな事も考えて、買っておきました」と返事が返ってきたのです。
 お気楽社員なのに、土曜の朝まで仕事で出張とは大変だなぁ…と思いたいけど、きっと金曜の出張の後に、飲みまくって1泊したか、朝まで飲んでいたに違いない(笑)けど、そのおかげでとりあえず久々のチリトマトとの再開を果たせるのは、ありがたい限りです。
 でも、お土産に持って帰ってもらって、久々に口にすると、きっと箱買いしたくなりそうなので、もちろん箱買いを共同購入希望者は継続して募集中です。(まだ言ってます)
8月30日
 今日の午後は、いつも大好きなサプライズを敢行したのです。
 自分ながら、つまらない事にいつも血道をあげとるなぁ・・・と反省しつつも、つける薬の無い状態だと自覚だけはあるんだけど、話は26日の夜から始まったのです。
 花火の撮影に全力を注いでいた時に、Yちゃんからメールが入っていたのです。
 Yちゃんは、オレが担当していた専門学校の卒業生だけど、オレは元々担当した学生ではないのです。(意外に思われる事が多いけど、こういうパターンって、オレの場合結構多いのです。)
 でも、Mちゃんの友達というところから、話もするようになったんだけど、そのMちゃんが入院したらしいというのです。
 そして、どこに入院しているか知らないですか?とオレに聞いていた事から、オレも入院と手術を知って、Yちゃんに捜査をお願いしたら、入院先が確認でき、じゃ、サプライズ見舞いを敢行するべ!という事で、Yちゃんの最も直近の休みである今日の午後乗り込むことになったのです。
 ところが、午前中に眠い目をこすりながら講義していた最中に、Yちゃんが職場の同僚が体調不良で退社したので、急遽引っ張り出されたので、行けなくなったというメールが入っていたので、結局、オレが代表して、似合わない花を持って30km先の病院まで行ったのです。
 Yちゃんが同行していればともかく、オレは元々Mちゃんが入院している事実をMちゃんにとっては知っていないはずの立場なので、余計にビックリするだろうなぁと、サプライズさせる事を楽しみにナースステーションに部屋番号を聞くと、「Mさんは夕方まで外出してます」と、ビックリさせられたのは、オレでした。
 本当は、近い場所とは言えないので、見舞いに行く事を告げておくのが良いけど、サプライズとしてYちゃんと画策したので、Mちゃんを責める事でもないのは当然だけど、「こういうパターンがあったかぁ〜…涙」てなカンジでした。
 あまりにも時間があって待つ事もできなかったので、花だけはナースステーションで預かってくれるという事なので、預けて帰ったんだけど、Mちゃんは、外出から戻ってみると、ベッドの上に花とオレのコメントがあったので、驚いたそうです。
 Yちゃんの事も書かれていたので、入院はYちゃんから聞いたんだというのは判ったみたいだけど、短期間の入院だったので、見舞いに来てくれる人が少ないのを残念に思っていたから、とても嬉しかったそうです。
 個人的には、ビックリしたMちゃんの顔を直接見る事ができなかったのは実に残念だけど、結果としてサプライズしてもらったので満足でした。
 ちなみに、過去全部の日誌を読んでいらっしゃる方であれば、オレがサプライズ見舞いとして、高松や松江まで行った事があるのは、ご存知だと思うけど、オレは、人のつながりを大切にするという見方ができるかも知れないけど、それ以上にいえるのは、別な側面ではアホなヤツだと自覚してます。

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